輝く暁の明星のいと美わしきかな
(バッハの教会カンタータ(27)BWV1)




『ちょっと遅くなるから先に寝てて』
ボンゴレが資本提携している、グループ会社の決算の資料が揃わないとかいう理由で獄寺は今夜泊り込みの作業らしい。頭脳作業はすっかり獄寺に委ねている山本は中身を聞いてもわからないこと請け合いなので、「了解、気をつけて」とだけ返事をした。

携帯を切ると、途端に夜の静けさに包まれた。
獄寺から連絡をもらうまで実はすごく興奮していた。
理由は20畳を越えるリビングに鎮座まします黒のグランドピアノ。
FAZIOLI製で、オーダーしてから実に1年はたっていた。その間に獄寺がボンゴレ以外に家を決め、流れで一緒に住み始めた。セキュリティアップのための改築に紛れて防音設備もしっかり整えた。そうまでしてやっと届いたのが今日だった。

イタリアに来てすぐ、挨拶も兼ねてボンゴレのシマを回った。
いつかの夜、ピアノの生演奏をバーで聞いている時に獄寺の指が曲をなぞっているのを見た。
テーブルの下で黒いスラックスの上で、本人すら気付いていないだろう無意識な動き。暗いところで曲に合わせて華麗に踊る白い指先が山本の脳裏に焼きついた。
ゴツイ指輪とその優美な動きがそぐわなくて。
そのときから、『獄寺がピアノを弾いている姿を見たい』というのが山本の夢の一つになった。
あまりにもその指たちに見とれて、テーブルの上のグラスを取り損ねてしまい、ピアノとの競演を自分で終わらせてしまったけれど。

先週、FAZIOLIから直接連絡が入った。そして今日、隣の警察署内の敷地を借りてピアノを5Fの部屋に搬入した。小型サイズを注文したもののそこはグランドピアノ。ゆっくりと丁寧に運び上げ、設置し、完璧なチューニングを終えた時にはすっかり夜も暮れていた。全くピアノについて明るくないのに全ての作業に笑顔で立ち会った山本は、FAZIOLIの営業担当者から緊急時のダイレクト・ラインの載っている顧客用ビジネスカードを渡されたときに
「一年前より大分イタリア語がうまくなりましたね」
と、お褒めの言葉をもらった。

獄寺にはまだ何も知らせていない。
帰ってくるまで起きて待っているつもりだったけれど仕方ない。
最近お気に入りのブランデーをとくとくとグラスに注いだ。立ち上る芳香をしばらく楽しんで少しずつ呑む。
酒のつまみは美しく光るグランドピアノ。独特の光沢と曲線に象られたこの楽器――楽器というにはあまりにも人智を越えている気がするが――はいくら眺めても飽きることがない。ローマとヴェネツィアに行くたびにFAZIOLIのショールームに立ち寄っては、どんな様子で獄寺が弾くのか夢想していた。
まばゆいばかりの金色を内包する蓋はまだ開けていない。獄寺に最初からきちんと、全部、余すところなく見せたかった。

まずは一つ。夢を叶えた。
次の夢もきっといつか叶うだろう。焦る必要はどこにもない。
ソファに身を沈めて呑みながらいつのまにか山本は眠りに落ちた。






一方、仕事が終わった獄寺は…