屋上



 ボンゴレに向かおうとアルファロメオのドアに手をかけた時に、頭から引っ張られて、そして放り投げられた。
 この感覚には覚えがあるので、獄寺は口汚く罵りながら煙が晴れるのを待つ。と、案の定、期待通りの光景が展開していた。
 十年前の、並盛中の屋上。とりあえず逃げをうつもじゃもじゃアフロを片手で掴むと、あぐらをかいて煙草に火をつける。どうせ五分立てば帰られるわけだし、こいつへの報復はこの時代のオレがすればいいし、と獄寺はたいしてうまくもない煙を吐き出した。
 十年ぶりの場所は、記憶の中より狭くてでも暖かくてコンクリの床はざらざらしていた。五月晴れ爽やかなというにはやや強い風が吹き始め、そろそろ切らねぇとと思っていた髪をバサバサとあちこちへ靡かせる。授業中独特の整然とした空気がまた懐かしい。
「なぁおまえごくでらか?」
 舌っ足らずな甘えた声が問いかける。景色よりも意外と懐かしく感じるものだな、と獄寺は宙ぶらりんのランボに目を移す。
「知らねーよ」
 未来の情報を与えてはいけない、なんて誰に教えられるわけでもなく知っていた。というか、そうしなければならないような気がしていた。まぁこのガキに言ったところで未来は何も変わらない気はすっけどな!と獄寺は一人ごちる。
「あんねー、オレっちランボさん」
「好きなのはブドウと飴玉」
 続けられる声はもう耳に刻み込まれているから意地悪でランボの言葉を遮ると、ぐずると思ったが反対に「オレっちのこと知ってるの」と大きな目をキラキラさせてきた。
 獄寺は自分が選択をまた間違ったことを知った。いつもそうだ。タイミングというか間が悪すぎるというか空気が読めないというか。黙っていればいいところで口や手が出て気まずい思いをする。いい加減慣れたつもりだったのに、どうしてこう自分は同じ轍を踏んでしまうんだろう。不器用なくせに実は要領がよくて、そつのない相方を思い出して腹さえ立ってくる。苦い気持ちも不甲斐ない自分も煙草も一緒くたに革靴の底で踏みつぶした。
「そういえば、てめーはなんでこんなとこ(学校)にいやがる。10代目は来るなつってんだろ?」
「ランボさんが来たかったからー」
「じゃ、イーピンはどこだ?おまえが一人で来るわけないもんな」
「アラアラ?知らないの?ランボさんはひとりでもあそべるんだもんねー」
「てめーが一人だろーが二人だろーが10代目にご迷惑をおかけしなければいいんだよ。まとめて追い出してやる」
「知らないもんねー」
 獄寺の長い台詞を途中で放棄したランボは、獄寺の手を中心に自分の体をブランコのように揺らし出して遊び始めた。
「てめぇ……」
 獄寺は立ち上がって放り投げようかとランボを掴み直した。しかし獄寺の心知らず。ランボは仰向けに握られたので、反り返って遊び始めた。
「なっ…」
 始末の終えなさと動く軟体動物が重くて手を離すと床でバウンドしたランボは泣くこともなく、今度はドゥドドゥドゥドドゥ♪と勝手なメロディで歌いながら、芋虫のように這って獄寺に近づいてきた。最早嫌がらせを受けている、としか受けられず、踏みつけたくてたまらない自分を必死で自制する。
 落ち着け、ただのクソガキだ。
 そう落ち着いた獄寺だったが、変な節のくせに、まるでジョーズのテーマのような迫力で歌いながら近づいてくるランボはウザい以外の何者でもなく仕方なくその尻尾をふんづけた。
「アララ?」
 進めなくなったランボはアレ?と首をかしげると今度はその尻尾を中心にぐるぐると回り始めた。それは初めてのことで楽しかったらしく、あっという間に尻尾を踏む獄寺の脚にからみついた。
「ランボさんがあそんであげようか?」
「うっぜぇぇぇぇぇ」
 スーツに、ピトとはなくそをつけられた獄寺はたまりかねてランボを空中へ放り投げた。校舎内に戻る階段近くに「ぐぴゃ!」と着地したランボはビエビエ泣きながら階段へ消えた。






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