焦燥



部屋に上がり込み始めてすぐに、獄寺が何故あれほどオレが部屋に来るのを嫌がったのかわかった。約束通り一言も話さずゆったりとくつろぐオレに対して、獄寺は壁に背中をつけて絶えずオレの動きを見ていた。急に動こうものなら、警戒心を顕にして睨み付ける。そんな野良猫のような様子が、面白くて仕方がなかった。学校では同じことをしてもここまで過剰反応しないのに。獄寺にとって部屋は、縄張りみたいなもんなのかな。自分の領域に侵入しているオレは、多分敵のようなものなんだろう。一刻も早く追い出したいのが良く分かる。
オレは、何とかしてその領域に入りたいと思った。

まずは、餌付けから始める事にした。とりあえずご飯を食べさせるということは、うちのオヤジから学んだことの一つだ。独り暮らしの獄寺は、当然ながら食生活があまり豊かではなかった。そうでなくても細いのに、口はおごっているから始末が悪い。何でも食べるオレから見れば、本当に理解出来ない。そんな獄寺の様子を世話好きのオヤジに話すと、二つ返事で折り詰めなんか作ってくれた。初めは悪態をついていたが、オヤジの味が気に入ったらしくすぐに黙って食べるようになった。そんな様子が可愛くて、オレは度々食べ物を差し入れた。
まだ箸の使い方があまり得意でないらしく、いつも慎重に食べ物を持ち上げる。そのくせ食べ物を口から迎えに行くことは絶対にしないところに、育ちの良さが見えた。口に含みゆっくりと咀嚼して、飲み込む。獄寺のそんな綺麗な仕草が好きでじっと見ていたら、よく睨み返された。
ある日、おかずに入っていた鰤の照り焼きのタレが指についたらしく、何気ない動作で獄寺が右手の人差し指を舌で舐めた。その赤い舌が動くのを見た瞬間、いきなりオレの顔の温度が上がった。指を舐めるなんて、別に大した仕草ではないはずなのに、何故かひどくいやらしいものに見えた。そうなると今まで何とも思っていなかった物を食べる動きまでいやらしく見えてきて正直かなり焦ったが、獄寺には気付かれることはなかったようだ。
その夜の夢に、獄寺が出てきた。
尖った顎を指で撫でられると、薄く唇を開く。その隙間から赤い舌が動くのが見えた――
「うわっ!」
飛び起きたオレのアソコは緩く立ち上がっていて単純に驚いたが、頭のどこかで納得している自分がいた。
始めは単なる興味だったものが、いつの間にか違うものに変化してきている。睨み付けるような視線でもオレを見て欲しい。暴れるなら押さえ付けてでも触れたい。
その感情にまだ名前はついていないが、オレは自分の中にある欲望だけは理解した。






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