焦燥



 部活を終えて校門を出る頃には、すっかり日も暮れて辺りは真っ暗になる。オレは校門を出たところで携帯を取り出し、短いメールを打った。あの日以来、メールの返事は返ってこない。
 ――オレはその事を、少しも気にしていなかったけど。

 獄寺の部屋に上がり込むようになってから三ヶ月経った頃、オレは獄寺を押さえ付けて身体を繋いだ。女性相手だったけど経験がなかった訳じゃないし、一応下調べはしていたので、大変なことにはならなかったと思う。それでも、獄寺の身体にも精神にもかなりの負担を強いたはずだから、オレは目を覚ました獄寺に黙って殴られた。
 不意討ちだった獄寺の渾身の拳は、正直かなり効いた。身体に響いたのか一瞬ベッドに突っ伏したが、獄寺はすぐに顔を上げてぶっ飛ばしたオレを睨み付けた。
「二度と来るな」
 殺意を滲ませるような獄寺の瞳を見返して、オレは気分が楽しくなってくるのを感じた。
 空気のような存在になんかなりたくない。殺意でも怒りでも、オレを強烈に意識して欲しい。
 オレは獄寺を黙って見つめ返した。

 それから暫くは遠慮?していたが、オレはまた前と変わらないペースで獄寺の家に行っている。最初、獄寺は帰れと喚いていたが、最近はオレの座り込む扉の向こうで、気配を殺して座っているようになった。
 学校でも常に視界の端にオレを捉えて、近づくと慌てて逃げる。その、野生の獣のような姿が堪らなく可愛くて、最近はわざと死角から近づいてみたりしていた。大袈裟なくらい身体を揺らし驚いた後、鋭い目付きで睨んでくる。その度にオレはにっこりと笑い返してやった。

 いつものように獄寺の部屋に着くと、一度だけ呼び鈴を押す。確かに鳴っているんだけど、扉が開くことはない。オレはそれを気にすることなく荷物を下ろすと、扉を背にして廊下に座り込んだ。たまにマンションの住人が通りかかる事があるが、にっこり笑って挨拶をしていれば変な目で見られても、どこかに通報されたりすることはない。オレはポケットに手を突っ込んで、動きを止めた。
 じっと耳を澄ませると、部屋の方から微かな気配がする。今日はだいぶ近いところにいるのか、すぐにわかった。
 ――というか、気配がありすぎる?
 いつもなら、神経を研ぎ澄ませないと獄寺の気配は感じられない。それだけ獄寺も神経をはりつめてそこに座っているからなのだろう。
 しかし今日はやたら簡単に獄寺の気配が判った。息を吐いて、身動ぎ、壁に凭れて…
 明らかにいつもと様子が違う。浅い呼吸がやたらはっきり聞こえてきた…まさか床に倒れこんでいる?
 オレは慌てて扉を叩いた。
「獄寺、そこにいるんだろ?」
 一瞬だけ呼吸が途切れたが、すぐに小さく聞こえてきた。
「なぁ、頼むからここを開けて?」
 ため息。
「そんなところで寝たらダメだ」
 身体を動かす気配はない。
「頼むから…獄寺」
「…オレは、お前を許さない」
 酷く掠れた小さい声。苦しそうに呼吸を繰り返す。
「ああ。わかっている」
 獄寺の嘘は。
「だから、ここを開けて」
 扉に掌を当ててじっと待つ。やがて身体を起こす気配がすると、扉のすぐ向こうに来たのがわかった。だが荒い呼吸が聞こえるだけで、動く気配がない。
 オレはちいさく扉を叩いた。
「…ごくでら」






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