焦燥



 ――カシャン
 鍵を開ける音が小さく響いた。少しの間があった後、ドアノブがゆっくりと回る。
 細く開いた扉から、獄寺の白い手首が見えた。オレは扉に手をかけてそっと開く。
 獄寺は扉の横に膝を立てて座り込み、項垂れていた。
「獄寺、触るよ」
「…るせ」
 ドアノブを掴んだままの手をそっと掴むと、ビクリと身体を震わせる。いつもはヒンヤリとしている手首が熱い――熱か。
「とりあえず、部屋に入ろう」
 そう声をかけると、オレは掴んだ手を肩にかけてゆっくりと身体を引き起こした。熱の上がった獄寺の身体はグニャリとして力がない。学校では体調が悪そうな気配は少しも気付かなかった。獄寺が気を張っていたのかもしれないが、少しだけ胸の奥が痛くなった。
 そのまま歩かせようとしたが、獄寺はそれすら出来ない様子だったので、オレは獄寺の膝裏に右手を差し込み両手で抱え上げた。微かな抵抗はあったものの、当然ありそうな罵声は出てこない。以前見慣れていたリビングは、久しぶりに来てみると何故か乱雑に散らかっていた。オレが上がり込んでいた頃はこんな事はなかったのに。そのリビングを通り過ぎ、一度だけ入ったことのある寝室へと向かった。
 灯りのついていない部屋は暗く、リビングから漏れてくる光にベッドの白いシーツがやたらと目についた。掛け布団は多分朝起きたままの形に捲られている。一人で寝るにしては大きいベッドに、オレはまた胸がムカムカしてきた。
 抱えていた獄寺をそっと下ろすと、しっかりと布団をかけてやる。本当は熱を計りたかったが、自宅じゃないので体温計の在処がわからない。オレは獄寺の額にかかる髪の毛をかきあげ、自分の額を押し当てた。
「なっ…」
 弱っている癖に微かに抵抗をする獄寺を押さえ、オレは至近距離でにっこりと笑った。
「相当熱いな。薬は?」
「…知らねぇ」
「何か食べた?」
 獄寺はふてくされたように目を伏せた。オレは獄寺の頭をひと撫でして寝室を出た。玄関に置いていた荷物を寝室に置くと、もう一度枕元に戻る。
 獄寺は部屋の入り口に背を向けて目を閉じていた。
「薬となんか食べるものを持ってくるな。だから鍵を貸して?」
「…やだ」
「開けっ放しは無用心だろ?寂しいかもしれないけど我慢な」
「るせ」
 獄寺は目を閉じたまま動こうとしない。オレはもう一度頭を撫でると、立ち上がった。
「寂しくないように、オレの荷物を置いていくから」
「…いらねぇ」
 オレはリビングに戻ると、獄寺がいつも鍵を置いていた棚に向かった。いつものように無造作に置いてある鍵を手にすると、オレは静かに部屋を出た。






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