焦燥



 意識が浮上したとき、一瞬自分がどこにいるのか分からなかった。見慣れた風景に、すぐに寝室のベッドの上だとわかったが、どうして自分がそこにいるのかは理解出来なかった。
 何故か温かい感触だけが身体に残っている。覚えているその感触を探しながら、オレの意識は再び沈んでいった。

「…!」
 オレは再び目を覚ました。何か夢のようなものを見ていた気もするが、全く思い出せない。起きる直前に自分が出した声で目を覚ましたらしい。熱が上がってきたせいか、身体が汗ばんで気持ち悪い。湿ったシーツの感触が余計に気を滅入らせた。
「…ちっ」
 壁の方を向いていた身体をどうにか動かして寝返りをうつ。溜め息と共に天井を見上げると、視界の端に見慣れないものがあった。ボンヤリした意識では、白い塊としか認識されない。仕方なくオレは首を寝室の入り口へと巡らせた。
「…ああ、山本のバッグじゃあ…」
 その言葉を言い終わらないうちに、オレはその矛盾に気付いた。あの日以来、オレは絶対に玄関の鍵を開けなかった。頻繁に来ている山本が、黙ってドアの向こうに座っているのも知っていたが、決して開けていない。
「なんで…」
 学校にいたときから熱があったのは分かっていたが、家に帰り着いてから一気に上がった。冷たさが気持ち良くて、フローリングに座っていたような…薄暗い廊下…漏れる光…温かい何か。
 朦朧とする記憶の中で何かが断片的に浮かんでくるが、一向に纏まりを見せない。オレは大きく息を吐き出して、考えることを放棄した。
 喉も口も乾いてヒリヒリとしたが、起き上がることすら出来ない。
 オレは再び意識を手放した。






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