焦燥 遠くで微かな金属音が響く。その後、物音は聞こえなかったが側に何かの気配がするような気がした。重い目蓋を持ち上げる事が出来ない。何か温かいものが、フワリと額に触れた。それが何かを知りたくて声を上げようとするが、かさついた唇からは空気が漏れるだけだ。 「…苦しそうだな」 ――何だ? 「ちょっと待ってろよ」 温かい気配が離れていく。それがとても残念で声を上げようとしたが、全く出来なかった。 身体中が熱くて堪らない。僅かに吐き出す息では、体温は下がりそうにない。オレは苦しさのあまり、もう一度無理にでも眠りに入ろうとした。 「飲めるか?」 唇にヒンヤリとしたものが触れる。サラサラとした感触から、僅かに水分が滲んでいるのを感じる。かわききった唇にその感触はとても心地よくて、オレは唇を動かした。 「いけそうだな」 唇から離れたその感触が欲しくて声を上げようとするが、再び空気が漏れただけだ。もどかしさに眉を潜めたら、今度はたっぷりと水分を含んだものが唇の端に当てられた。 少しずつだが口内に水分が流れ込み、オレは夢中でそれを求めた。 唇の感覚が戻ってくると、それが布らしきものだとわかる。タオルとは違いサラリとした布は、とても柔らかいものだった。やがて喉まで水分が行き渡ると、大分呼吸が楽になった。もう一度温かい気配がオレの額を撫で、縺れた髪の毛をとく。 「とにかく、もう少し水分とろうな」 首の下に何かが差し込まれ、ゆっくりと持ち上げられる。目眩を感じて顔をしかめたが、温かいものにすっぽりと抱き込まれて安心感が湧いた。 唇に冷たいものが当てられ、それがコップだとわかった途端に薄く口を開いた。冷たい水が流れ込んできて、オレは何も考えることなくそれを飲み続けた。水を飲んでいると、身体がどれだけ水分を欲していたのかがわかった。どれだけ飲んでも足りない気がする。 「本当は何か食べさせた方が良いんだろうけどな…」 空になったらしいコップが離れると、オレは小さく唸り声を上げた。 頭の上で笑う気配がする。 「まだあるから安心しな。その前にこれを飲んで」 口の中に固いものが放りこまれた。意外に大きくて吐き出したくなったが、すかさず再び冷たいものが流れ込んできた。吐き出す訳にもいかず、オレは仕方なくそれを飲み込んだ。痛む喉を通過するときにそれが酷く触り、もう一度唸り声を上げる。 「ああ、痛かったか。悪ぃーな」 温かい指が宥めるように喉を撫でた。二杯目の水分を飲み終わったときに初めて、それに味がついていたのに気付いた。スポーツドリンクか何かだろう。 ゆっくりと頭を枕に戻される。まだ身体は熱かったし喉も痛かったが、水分を取って大分楽になった。朦朧とした意識が再び曖昧になろうとしたとき、冷たいタオルが顔に当てられて汗を柔らかく拭き取られた。オレは漸く薄く目蓋を持ち上げることができた。 「…や…もと?」 上手く焦点が合わない。ここにいる筈のない顔がボンヤリと見えた。もう一度タオルでオレの顔を撫で、山本がにっこりと笑う。 「大丈夫か?傍にいてやるから、眠っていいぜ」 ――何でお前がいるんだ? その言葉は再び曖昧になった頭の中にしか響かなかった。冷たいタオルが額にのせられ、その心地好さを感じながらオレは目を閉じた。 |