frustrazione



 獄寺は「トイレ」と煙草をもみ消しながらふらりと立つ。
 一仕事終えた秘書室メンバーとそのままの流れでカターニア市内、ボンゴレの店に流れた。周りに気遣うことなく、またここ数週張り詰めていた緊張が緩んだのか時間がたつのを忘れて呑んでいた。
 個室のドアを開けたとこでぐらりと視界が揺れて呑みがすぎたことを自覚する。ひとまず便器に座り携帯をチェックする。
『帰る前に連絡ちょーだい』
 山本のボイスメールすらどこか上滑りする。あぁほんとに呑みすぎたと額を抱える。
「獄寺」
 子供の時分から聞いている声がした。慌ててドアを開けると、麗しき黒衣のヒットマンが壁に寄りかかり細い煙草をくわえていた。
「火ぃ貸せ」
 酔いが一気にさめた獄寺はすぐさま、細身の煙草の先にライターの火を寄せる。神出鬼没の彼がなぜここにいるのか聞いてもしょうがないことなので、獄寺は次の指令を待つ。
 リボーンは深く吸い込んでふーっと細い煙を吐く。
「ツナからだ」
 煙草を挟む指先から真っ直ぐ肘へと視線を下ろすと、肘を支える片方の手の指先に黒のベルベットの小さな箱が一つ。
 両手を合わせた獄寺の掌へ落とされたそれを開けると、外側と同じ黒のベルベットの中に、獄寺の瞳と同色の宝石が控えめに光るカフスが二つ、並んでいた。獄寺はその理由に思い立ち、息を呑む。自分の誕生日だったことを忘れていた。綱吉はしばらく日本に帰っているからその前から用意されていたのか。
「昨日日本から届いた。直接渡せなくてごめん、だとさ」
「ありがとうございます!」
 直角に腰を曲げる獄寺が顔を上げると、リボーンはその顎を摘んで引き寄せた。黒曜石のように黒い瞳が淡いトイレの光を反射するが、黒目が大きすぎて感情が読めない、まるで人形のように整った顔が容赦なく視界を覆う。
 唇を親指で撫でられて、ひく、と喉が引き攣る。
「腹違いなのにそっくりだな、お前ら」
まさか、と思っていたらリボーンは頬同士を触れるようにして耳元で囁く。獄寺はその深い声に鼓膜が蠱惑に震え、ついで膝までが笑った。
「リボーンさん、反則です」
「だって面白いんだもーん」
 赤ん坊姿のときによく口にしていた子供の真似で返されて獄寺は首をがっくりと項垂れた。
「実際、よくここまで生きて来られたよな」
 予想外の言葉にリボーンを見ると涼しげな目元で笑っていた。
「スモーキン・ボムって呼ばれ方も懐かしいだろ」
 その呼び名に十年の月日があっという間に戻る。「一人」でずっと生きていくと決めていた。でも、ボンゴレに拾われて綱吉に会って、山本に出逢って――。
「じゃ、な」
 リボーンは腕を伸ばして洗面台の横に設えられた灰皿で煙草をもみ消し踵を返した。
 頭を下げてリボーンを見送った獄寺は、リボーンが背中を預けていた壁にもたれかかり綱吉から届いた箱を胸元で握りしめる。
「10代目、ありがとうございます」
 静謐な横顔だったが、リボーンによって熾された欲望の炎が駆けめぐり始めていた。






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