空腹は最高のソース



「では、軽く見回ってそのまま直帰します」
今日明日の自分と山本のスケジュールをチェックしてマックの画面を閉じた。一つにまとめていたゴムをひっぱると髪が音を立てて肩に落ちてきた。そろそろ切らねーとな。
「獄寺君、気をつけて」
10代目に一礼して退出する。
秘書業務と平行して実務も担当させてもらっている。スラムのほんの小さなエリアだけれども、俺だけが仕切られる場所。そして大きな事件がおきているわけではないので、今日は点検のためにぐるりと回って帰るだけ。地中海の冬はそんなに厳しくない。だからスラム(貧困地区)でものんびりと過ごす人々が多い。小さい路から行き止まりまで隈なくゆっくりと歩く。大人も子供も特に騒ぐことなく目礼や帽子を上げて挨拶をする。
「アヤト!」
小さなレディが背後から駆けてくる。レディつってもクソガキだけどな。
「ドレスみたい」
そして無邪気に俺のコートの裾をまくって隠れ、足にしがみつく。ここで育った子供がこんなシャイなはずはない。
「どうした?」
すくいあげてしゃがむと小さい声で呟いた。
「パパが帰ってきてるの」
ホリデイはまだ先だというのにもう戻ってきやがったか。
「でも、まだお酒呑んでないよ」
俺の考えを読んだように彼女は訴えてくる。ずっと前に叩きのめしたことを思い出しているのだろう。
「もうしねぇよ」
腰より下にある彼女の頭を撫でて彼女の家に向かおうとして嫌な気配が目の端に映る。反射的に彼女の背中を押した。
「静かに、家に帰るんだ」
返事代わりに小さな背中がビクンと跳ねた。クソガキが完全に見えなくなるまで煙草をゆっくりと吸う。短くなったフィルターを捨て、もう一本点けて一息吐いてからおもむろに不審な二人に声をかける。
「――何してる?」
建物の影になった袋小路の突き当たり。見慣れない男とここの住人が立っていた。挙動不審のまま逃げ道を探すが俺の後ろ以外は、無い。
「てめぇには――」
「よせ、ボンゴレだ。――本土から友達がね」
「手ぇ出せ」
「何を!」
御託を遮ると、見慣れない男がいきまいた。
「いいから両手を壁につけ」
巻き込まれることを恐れて、付近の住人達の気配は消えた。
しかし両側の建物の内部には全部屋住人がいる。二人はスラングを吐き捨てながら背中を向けて両手を壁につく。目視だけで大体の武器の在り処はわかるけれど用心をし過ぎることはない。武術家という可能性も否めない。――まぁ、拳なり、筋肉を見ればその可能性は低いけれども。顔見知りの服のポケットを上から叩いていくと、片方が身じろいだから、こめかみに銃を突きつける。チャカは苦手だが抑制にはなる。同じ火薬なら自分で投げた方がどれだけ正確か。
たいした武器を所持していなかったので、腹ばいにさせ問題のもう片方の肩に手をかけた時に英語で呟いて襲い掛かってきた。
踏んでる場数が違ぇんだよ。手を振り上げたせいでガラ空きになったボディに膝を入れて、崩れる背中、肺の後ろに肘を入れると、男はあっさりと地面にキスをした。耳障りな金属音がするから拾い上げたら銀色の手錠。何をするつもりだったんだか。
「動くなよ」
起き上がろうとする男を止め、のびた男をひっくり返してジャケットの内側を探る、と出てきたのはお決まりの白い粉の入った袋。
――ワンパなんだよ。
それを摘み上げながら携帯で部下を呼びつける。
「何回目だ?」
「いや、まだ」
「そりゃ良かったな。――不法所持でビル(警察)んとこに連れて行け。で、こいつは病院。薬物反応がなかったら連絡を」
駆けつける部下二人に処理を任せた。
「シニョールゴクデラ!」
悲痛な声を出されても、意味がないので振り返らない。
俺が振り返ったところで温情をかけるわけがない事を知っていて、それでも縋るように名前を呼ぶ。
「ディアボロ!!」
吐き捨てる声に周囲の空気が凍ったようだった。背中でそれを受けても、俺は歩みを止めなかった。






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