空腹は最高のソース



ディアボロ――悪魔。ボンゴレの悪魔。悪魔の右腕(この場合の悪魔は10代目じゃなくて俺自身にかかる。10代目が悪魔なわけ、ない)。なめられるよりずっといいじゃねぇかと、周りが思う以上に気に入っている。俺を悪魔と呼んだ男はこれから薬物依存症を治す為に専用の病院に叩き込まれる。相当辛いらしい、っていうか、アイツもう三度目だから身をもってわかっているくせに。
依存症ってのは簡単に完治しない。月並みだけれども、堕ちる心を引き止める楔が必要。誰かあいつに惚れてくれるオンナとかいねーもんかな。
ボンゴレは白いマフィアと言われがちだが、そんなことはない。水清くして魚住まずと言うように、キレイなだけでは人は生きていけない。ましてや、何万というファミリーの末端まで糊口をしのぐ為には尚更。最初は全てに対して抵抗された10代目だけれども、一度ボンゴレの現状全てを受け入れられた。それはあきらめではなく、遠回りの道を選ばれた。と、俺は思っている。ブランデーが染み渡りついに瓦解する角砂糖のようにボンゴレをゆっくりと解体するための承諾。俺はボンゴレに救われたけれども、それ以上に魂を10代目に救われた。だから10代目が求められるならば、あえてそれを手伝っていこうと決めた。
今の10代目が禁忌とすることはヒトに関わることのみ。
真っ先にドラッグの蔓延に手を売った。貴重な収入源を自ら断つことに反対意見はもちろん出た。しかし、10代目は妥協することなく即決し、次にボンゴレ本部及び地元の建物を改築もしくは新築し始めた。一見浪費のように、更にボンゴレの財源を減らすためにしているのでは、と思えた。実際、俺だって10代目がボンゴレを潰すためにやっているのかと疑った瞬間があった。
実際は地元に貨幣の流通が行われるよう、それも、無償ではなく労力の対価となるように起こした事業だった。ただ金を落とすだけではなく、人間として必要な自立を目指した政策。目に見えない速度でゆっくりと自発的に変わられるような方法を採られた。
結果、アガリは安定的に供給されるようになり、一時的に損失を出したボンゴレの財源も却って前より増えたらしい。何より、建物の荒廃は住む人の心をも荒ませる。住むところだけでも変わればマシになれば人はいくらでも変わられる。
全てのスラム街がそうなったわけじゃない。現に、俺が管轄している地域はまだまだ開発の手は伸びていない。それでも、俺が見知っている頃より随分とマシになった。俺みたいな暗い眼をしたガキはみかけなくなった。
『俺の考えじゃないよ。獄寺君が本を読んでいるのを見た時に思いついたんだ。日本の大人って歴史小説大好きなんだって、父さんに聞いたこと。いや、あの父さんがマトモな日本人の大人を知っているとは思えないけどさ。でね、何から読んでいいかわかんなかったから、同じ名前の徳川綱吉が何をやったか読んだらさ、そういうことしてたんだよ。それを読むまでは生類哀れみの令しか知らなかったから気にしたこと無かったんだけどね』
照れ笑いをされる10代目に敬服して膝をついたら一転して厳しい顔をされた。
『俺にそういうことは絶対にしないで。同い年だし、マフィアに関しては俺より先輩なんだし、ね』
――次にやったら俺の名前を呼び捨てしろって命令するからね。
10代目の笑顔を思い出しながらアパートに着いた。窓から灯りが漏れているから山本が先に帰っているらしい。途端に腹の虫が鳴り、どれだけ山本と食いもんの神経が繋がっているんだか、と自分に呆れてエレベーターを閉めた。

部屋の中は温かくて一気に緊張が解ける。山本が全力を傾けてセキュリティを敷いているこの部屋はボンゴレ以外で唯一力を抜いていい場所。おまけにカレーの匂いが玄関まで漂っていてふぅとため息が漏れる。
「おかえりー」
「おぅ」
コートを玄関横のハンガーにかけ、ボンゴレリング以外をリビングの本棚のアクセサリーケースにしまう。ジャケットの内ポケットが重いのでさぐったらさっきの手錠が出てきた。すっかり忘れていたな。
「何、それ」
目聡い山本が剣呑な目つきで聞いてくる。一人娘の父親のような目は止めろって何度も言ってるのに直すつもりはないらしい。
「何って手錠。あぁ押収品。今日は見回り行ってきて、売人と小競り合いして、そん時そいつが持ってたって訳。大丈夫だよ、使ってないし、使われて、ない」
使われるか、莫迦。そういう気持ちを込めてただいまのキス。一緒に住むようになってからいつのまにか習慣になった。
部屋着に着替えてリビングに戻ったら食事の準備を終えた山本が手錠を摘み上げていた。初めて見たわけじゃないのに。
「エロい事考えてんなよ」
ケツを蹴りあげるとそんなんじゃなくてさー、とボヤく。
「家にあるだけで異様だなぁって」
冗談だってのに。しかし、昼飯をまともに食べていない俺はそんなことより飯が食いたいのだ。
冷蔵庫で冷やしていた赤ワインを開けていると、子供みたいな目で山本がカウンターに肘をつく。これこそ見慣れているだろ。早く支度しろっつーの。俺の視線に気付いた山本は仰々しく一礼をして、ご飯をよそい始めた。

基本、山本とは仕事があまり被らないので、まず近況報告が話題になる。ボンゴレを出る前にチェックした山本のスケジュールでは、明日から三日間、フィレンツェ出張になっていた。その間、食いっぱぐれないように、カレーを作ったというのは読めていた。危険な内容じゃなかったので、問題ねーだろ。
速やかに空腹を満たし、山本の細々とした注意を聞き流し(カレールーもご飯もどこにあるか見ればわかるっつーの)、リビングにワインを持って逃げたらついてきた。
「準備してから来やがれ」
これでゆっくり、と思ったら即効準備をして戻ってきた。仕方ねーなー。片手でワインを呑みながら、膝の上に寝転がる山本の頭を撫でる。うだうだ話しながら山本は具合のいいところを探して落ち着いた、と思ったら寝息を立て始めた。えーっと、俺、おまえが来てからまだグラス一杯分も呑み終わってねーんだけど?
煩いテレビを消して残っているワインを一気に空ける。
山本、と呼んでみるが生返事も返ってこない。これは一気に寝入ったな。
ちょっと間をおいて、膝の上の山本のこめかみに唇をつけた。耳を甘噛みする。髪の毛にキスをする。額にくちづける。どうしようもないぐらい山本に惚れている。キスだけで胸が苦しくなる。どんなに言葉を尽くしてもどの国の言葉でも完全にこの気持ちを表現することなんてできない。俺が暴走しないでいられる大切な楔。
だから言葉を使わないで俺は山本に伝える。
寝ている山本の首の下に腕を通すと仰け反って少し開く唇を舐めて、キスをする。






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