空腹は最高のソース バレないつもりだったけれども、態度に出ていたのだろう。 山本のいないベッドで起きた日の昼間、作ってもらったサンドイッチをキッチンの端で食べながら、上司に提出するレポートのチェックをしていたら、手元に影ができた。見上げなくても誰かはわかる。俺が知っている中でも香水をここまで優雅に扱える人は少ない。ボンゴレの金回りを一手に握っている財務部長、通称マダムがテーブルに腰を預けて、セーターから覗いた指先でティカップを手にしていた。コケティッシュな雰囲気に気をとられていたら、チラと横目で見て俺に手を伸ばしてきた。反射的に引くよりも早く指先が口の横をかすめる。 「心ここにあらずって感じ」 それだけ言い残してチャオと軽やかに去っていく。慌てて、他にパン屑を零していないか、ボタンをかけ間違えていないか、靴下の色を間違えていないか確認した。 あいつがいないだけでこうなるなんて自分が信じられない。 「エスプレッソ、ペルファボール」 遠巻きにこちらを伺うメイドと目が合ってオーダーする。弾かれたように動く彼女達を眺めながら思う、自分が彼女達にとって怖い存在だということを。キッチンの片隅で飯を食うことはしょっちゅうやっている。そんな横着をするのは大概山本と一緒にいる時だ。その時と今では彼女達の雰囲気が全然違う。山本がなんて呼ばれているかは知らねーけど、悪魔単体だと勝手が違うんだろう。こればっかりは仕方ないし、そういうのは山本の役目だ。とあいつの笑顔を思い出していたらエスプレッソが運ばれた。「グラッツェ」と受け取った時、メイドが少し驚いた顔をした。 外へと目を移した時にガラスに反射する自分に驚いた。山本に似た笑顔を浮かべていた。 ――寒い。寒いっていうか、なんなんだ、これは! 地中海性気候から内陸性気候へ移動したから覚悟はしていた。しかし、空港の正面玄関が開いた瞬間に襲い掛かる冷気に俺はほんの一瞬だけ、本気でカターニャに帰ろうかと思った。ここまでくると寒さに強いとか弱いとか関係ない。っていうか、フィレンツェで雪が降るって聞いてない。山本に逢う為に必死で仕事を片付けて駆けつけた仕打ちがこれかよ。さみぃさみぃと口の中で呟いて乗り込んだタクシーもまた寒くって、マフラーを巻き直す。わかってる、空腹が寒さを助長させていることなんて。日本だったらあったかい缶コーヒーを自販で買って暖を取るのに、そんな気の利いた物を売っているわけがない。あったとしても、クソマズイにちげーねー。 寒さの次はヤニ切れに襲われた。どこもかしこも「Vietato Fumare(禁煙)」だらけでホテルに着くと寒さよりも煙草が我慢できず、入り口横の、吸殻入れの横で三本吸った。防寒仕様のブーツのなのに、足の感覚がなくなるぐらい、命の危険を感じるとこまで挑戦した。やっと落ち着いて、雪を払ってホテルの回転ドアをくぐり、奥に見えるエレベーターへと進む間、背後から山本が近付いてきた。 思わず笑ってしまう。気配を消すどころか、見えない尻尾を振る音までも聞こえてきそうだったからだ。 「腹減ってる?」 そわそわとしているくせに無理矢理落ち着いた声を出すから笑ってしまう。 「おう」 エレベーターが閉じて、山本の温かい手があちこち触れてきた。何度もキスを交わす。部屋の鍵を開けるのももどかしく、入るなり抱きしめてきた。気持ちはわかるけれどな。それは後回し! 「昼飯飛ばしてやってきたんだからまず飯」 「何食べたい?俺、獄寺」 「肉食いてー。ここ(ホテル)になんかあんだろ?」 もう出かけるのはゴメンだ。サングラスと手袋を外していたら、山本が背中から抱きついてきた。 オラオラ。 これが最後のつもりでその背中を抱きしめて、山本の匂いを吸い込む。そして。 「肉」 と一言つぶやくと、山本はやっと観念して白旗を上げた。 どうしても外に行きたくなくてホテル内のレストランを強烈にプッシュした。が、山本はどうしても連れ出したがったので、お互いの妥協点を見つけて山本の案に従うことにした。本気で腹が減っている俺は話す余裕もなく、むっつりと山本の後をついていった。 連れて行かれた先では長年の友人のような歓待を受け、暖炉の傍という素晴らしいポジションを用意され、おまけに予想以上の料理が待っていて、俺の機嫌はすぐに良くなった。やっぱり、空腹は人間を変えるな。 「獄寺の場合はツナの前以外、不機嫌か超不機嫌かどっちかだけどな」 山本に言わせるとそうらしい。眉間の皴に指を伸ばされても、食べるのに俺は専念する。 「だまれ、山本のくせに」 「うまいなー」 「それは賛成」 山本のココ(フィレンツェ)での仕事の様子を聞いて、ちょっと引っかかったもののさっさと終わらせたようで予定より早く休暇に入られるらしい。ここんとこ睡眠が足りていない俺は、明日、山本が仕事中に寝て過ごすつもりだった。 「わりーんだけど、予定がなかったら明日は少し寝たい」 「いーんじゃね?この分じゃ雪も降り止まないだろうし」 「グラッツェ」 「プレーゴ」 しかし、そんな簡単に問屋が卸すわけもなく、”少し寝る前“の夜は一睡もさせてもらえなかった。 「…あ、…んっ、てめ、しつこっ…」 ドアからベッドまで転々と二人の服が散らばっているのを目の端に置きながら山本の両腕に縛られてキスを何度も繰り返していた。 「だって、ずっと、我慢してたんだぜ」 言葉の切れ目に腰を動かされて跳ねたからだをあちこち食べられるように甘く噛まれる。 「あっ…」 やられてばかりじゃ気にくわねぇ。不意打ちで山本を押し倒した。 「ゴクデラサン、そんなに飢えてんの?」 「ったりめーだ、こちとら一週間お預けだったんだぜ」 余裕ぶっこいてる山本は絶対どっかでヌいている。隠しとおせると思うなよ。俺にはそんな暇もなかったんだからせいぜい働けってんだ。山本の胸に両手をついて腰を動かすと山本が喘いだ。目を閉じてその声だけを聞いていると段々高まってくる。中の山本も同じ気持ちだったけれど、後少しで、ということでわざと動きを止めてみた。 「…んでっ?」 「まだイかせねーぞ」 「上等」 山本は俺の両腰を掴んで上体を起こした。キスをしながら深く押し込められた。 「もっと声出して」 「ばっ…かやろっ…んっ」 「ゴクデラ」 何百回何千回繰り返した行為なのに、なんでだろう?飽きることがない。数え切れないほど山本を体に入れてもまだまだ山本が欲しい。山本を締め上げてそれを伝えると入れられたまま体を反転させられた。くる、と思って身構えたけれど、そんな俺の抵抗を軽く超えて山本は押し込んできた。強く中の壁を押されて声も押し出される。 「…やまもとっ!や、まっ…んんっ!」 もう何を叫んでいるのかわからないほどに、体を揺さぶられて、擦られて。 「いくっ!もうっ…もっ…」 水の中にとびこんだように呼吸ができなくなった。 射精の開放感と快感を逃すまいと収縮する体に阻まれた。 「…ごくでら、あいしてる」 山本の声に送られるように、俺は意識を手放した。 |