Help me to help myself



 先にジャンニーニからアジトの見取り図を見せてもらっていた。まだ完全に機能していなかったようで、誰かの部屋というような形ではなかった。自分と綱吉は二段ベッドの個室を宛てがわれたが、山本なら個人の部屋があるだろう。だからといって誰かに聞くのも癪でどうしようかと頭を捻りながら音のする方向へと足を進めた。夜間なので全体的に灯りは抑えめにしてあり、獄寺の動きに反応して部分的に灯りがついていく。通路の先、光が溢れるのは男子用のシャワールームだった。リボーンかジャンニーニか山本のどれかだろうと開けると丁度腰にタオル一枚だけでブースから出てきた山本だった。
 大人の肢体を目の当たりにして獄寺は意図せず顔を赤らめた。昼間見たラル・ミルチのヌードを想像した、というのもある。
 ――野郎の裸なんて当たり前だろう。
 山本は一瞬だけ驚いた顔をしたものの何も言わない獄寺を無視して身繕いを進めていく。拭ききっていない素肌にシャツを羽織り、バスタオルを頭に被って下着を、スラックスを履いていく。綱吉達の前となんら変わることのない態度。
 十年前はそういう仲だった。二人きりになったら違う表情を見せてくれるかも、と甘い期待を抱いていた自分に獄寺は掌を握りしめる。爪先がくいこむ痛さで叫びだしたくなる気持ちを抑える。
「使い方、わからない?」
 低い、感情を抑えた声だと思った。
 一言も離さない獄寺のことを知っていながら敢えてそう聞いてきた。
 獄寺はそう思って、お前がそうなら、と小さい呼吸で体勢を整えて顔を上げた。
 さっき殴られた口元が切れているが、そんなことは全く気にしていない、という様子で顔を傾けて優しく微笑んでいた。
「さっきは悪かった」
「あ、あぁ。別に。わざわざ言いに来てくれたのか」
「あぁ。じゃあな」
 獄寺は踵を返した。
「シャワーがあれなら、風呂もあるぞ」
「てめぇは寝ねぇのかよ?」
 足を止めて顔だけ振り返ると山本はシャツのボタンもスラックスのジッパーも上げないまま壁に寄りかかっていた。だらしない格好なのに、鍛えられた体は崩れた様子を微塵も感じさせなかった。大人の余裕かよ、と獄寺は忸怩たる気持ちになる。
「寝るさ」
「その格好でか」
「あぁ」
 ――何があるかわかんねぇからな。緊張感など微塵も感じさせずに言い放つ山本に孤独を感じた。今がどういう関係かわからないがボスは殺され、守護者の一人も傍にいなく、ここにいた筈の守護者は自分と入れ替わっている。リボーンも外に出られないとなると、このアジトは山本一人で守っているようなものなのだろう。
   知ってる。山本はそういうヤツだ。自分の役目はきっちりこなす。自分のことは置いてでも。
「じゃあな」
 濡れたままの頭にバスタオルを置いて顔を隠したまま、服をひとまとめにして獄寺の横を通り過ぎた。
「オレ達は」
 その肘をとり、むりやり振り向かせる。自分だけがこんなに怒って馬鹿みたいだ、と冷静な自分が呟いたのも気にせず、山本を壁へと押し付ける。見上げる角度が更に上になるのが煩わしい。それ以上に、自分に気を遣う山本がまるで山本でなくて苛立った。
「一人で背負い込むんじゃねぇ。オレ達は頼りになんねぇのかよ!」
「……頼りにしてるよ」
 落ち着いた瞳は別人のようで。十年後、自分達がそういう関係じゃないことを知らされているようで。獄寺は怒りへと向かった感情が方向転換をしたのに気付かなまま、絶望の淵へとたたき落とされた。






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