好奇心



手錠とかアイマスクというのは仕事で使うものだったから、目新しいものではなかった。ただ、自宅は別だ。自宅っつっても、獄寺が契約したとこに転がり込んだ身なので、正確な自分んちじゃないけれど俺も獄寺もましてやツナ達だってそんなのは今更、な話題なのだ。
仕事から帰ってきた獄寺がボンゴレリング以外をリビングの所定の箱の中に納め、その横に手錠を置いたから、思わず野菜を切っていた手を止めた。
「なに、それ」
「何って手錠。あぁ押収品。今日は見回り行ってきて、売人と小競り合いして、そん時そいつが持ってたって訳。大丈夫だよ、使ってないし、使われて、ない」
話をずいぶん先回りされた。そんなにかお(表情)に出易いかな?
「お、カレーじゃん。なつかしー」
ジャケットを脱いで袖のボタンを外しながら獄寺はキッチンに顔を出す。ただいまのキスをして獄寺は部屋に消えた。鍋を覗くまでもなく判断されてしまうのな。暫く帰られないから獄寺が一人でも食べられるのを作っているわけなのだけれども。さらしていた薄切りの玉葱の水を切ってサラダを盛る。土鍋で炊いた飯もいい感じで蒸らされていて、俺って獄寺の時間を読むのだけは天才。と自負する。
手を拭いて、獄寺が持って帰ってきた手錠を摘み上げる。見かけより重い。ボンゴレで見るのは全く違和感がないのに、ここにあるだけで凄く異様だ。
「エロい事考えてんなよ」
着替えてきた獄寺が片足でケツを蹴る。
「家にあるだけで異様だなぁって」
「確かになー。腹減った」
獄寺は冷蔵庫に直行して赤ワインを出すとワインオープナーのナイフでくるりと封を外し、続けて垂直にコルクに突き刺す。キュキュと小気味よい音を立ててコルクが回る。一連の動作が見事でいつも開けるまで眺めてしまう。そんな俺に銜え煙草の獄寺が目線で準備を促す。
――仰せのままに。

基本、獄寺と俺の仕事内容は全く違うので重なることはない。だからこうやって食事が重なる時は仕事の話から始まる。
「明日から本土にちょっと行ってくるのな」
「ん。見た、おまえのスケジュールはそっち(危機管理室)から上がってくるから。だからコレ(カレー)、なんだろ」
「そゆこと。裏づけ取りなだけだからそんな時間はかからない予定」
「まぁ気をつけろよな」
「Si」
後片付けをすませて、獄寺がテレビをザッピングしながら残りのワインを空けている間、獄寺にくっついていたら出張の準備をしろとあしらわれた。短期なので簡単に終わらせてソファに戻って、獄寺の膝の上に寝転がる。ワインで体温が上がる獄寺の腹に顔をこすりつけて、まるで犬のようにまとわりつく俺に、獄寺はしたいようにさせながら片手で頭を撫でてくれた。
「なー、次の休みっていつ?」
ごろんと上向きになると、顎から器用に煙草を食む唇までが見える。
「俺?おまえ?」
「二人とも」
「今週末。おまえの出張が予定で終われば、な」
「え?じゃさ、そのままフィレンツェまで来ねぇ?滅多にねーじゃん」
「仕事の予定次第なー」
休みが重なることが少なくなってきたから、すごく貴重。そして、長らくしていない旅行ができるとあって俺はかなり嬉しかった。嬉しいついでに、獄寺が頭を撫でてくれる心地よさに不覚にも寝入ってしまった。
夜中にふと目が覚めた時にはベッドだったから獄寺が運んでくれたんだと思う。獄寺の背中に両手を伸ばして抱き込む。獄寺は起きることもなくおとなしく寝息を立てていたので、俺も獄寺の体温を抱きながら眠りに戻った。
次に目を覚ました時はぼんやり明るくなり始めた頃で、ま、ぶっちゃけ朝勃ちしていた。やっちゃおうかなーと考えないでもなかったけれど、あまりにもよく寝ている獄寺を起こすのが偲びないのと、起きる時間が迫っていることから獄寺にはキスだけをすることにした。ホント俺って聞き分けが良くなったと思う。

「チャオっす」
今回の任務はボンゴレアジトに持ち込まれている不法薬物の持込ルートを確認する、ということだったので物騒な話ではなかった。あらかた調べ終わっていることの証拠を押さえること。本土の小さなマフィアが製造したらしい新薬。その作成ルートとメンバーの確認。ブランチに任せてもいいけれど、こっち(シチリア)でみつけたネタなのでこっちでやるらしい。面倒なことはわからないけれど、出るのは苦じゃないので俺としてはウェルカム。で、目星をつけたマフィアのメンバーの写真を撮り、素性の確認を終え、残ったボスを尾行中。
そのボスも会員制のクラブに入ってしまったので、向かいのバールでひたすら待っていたら小僧が現れた。それも見事な黒髪の女性の姿で。濡れたような黒目と同色のピンストライプのパンツスーツで胸もなかなかの膨らみで。いつもの挨拶がなかったら小僧とは絶対気付かなかった。現に記憶を辿り始めていたぐらいだ。
「暇だから手伝いに来たぞ」
「高い?」
「今回は奢ってやる。…天地逆」
ハナから読む気のなかったコッリエーレ・デッラ・セーラをバサバサと畳んでテーブルの上に置くと小僧が腕を差し出した。
「握手?」
「バカ、キスだ」
へいへい、と手の甲に恭しくキスをすると小僧は座った。自分の背後のビルを顎でしゃくる。
「ナカ、入りてーんだろ?」
「顔パス?」
「だったらコスプレしてこねー」
胸元から二枚のIDカードを取り出してテーブルに並べた。俺とコスプレした小僧の写真と偽名入り。そのカードを取ろうとした指をすくわれ、人差し指の先に透明のシートを貼られた。
「ナカで必要になんだ」
ビールを飲み干し、あまり背の変わらない小僧に片腕を出すと、片眉が面白そうに上がった。
「獄寺にはできねーのに、どこで覚えた?」
「こっち来て三年もたてばそれなりに」
意外だ、という笑いを張りつけて小僧は俺に体重をかけてきた。
「中に入っても口を開くなよ」
「そんなにヤバいのか?」
「ある意味、な」
丁寧に塗られた小僧の薄い唇がニヤリと釣り上がった。






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