好奇心 ただの社交場だと思っていた。上流階級もしくはある種の人々達の。それは間違っていなかったけれど完全な正解でもなかった。 まずは入口で提示したIDカードと荷物を取り上げられ、人差し指の静脈を採られる。中での身分証明書みたいなものらしい。 「私は彼の所有物です」 涼しげな声でとんでもないことを小僧が吐いた時に気付くべきだった。だけど、何かの暗号だろうとスルーしたら、小僧が言う通り、ヤバい場所だった。想像を遥かに超えた。 「人差し指以外で触るなよ」 最初はバーカウンターやシガーバーがあるから、ホテルと言っても良かった。けれど、フロアーが上がっていくうちにヤバい、の意味を実感した。額には変な汗が浮かんできた。 「…小僧、ここって」 「一人じゃ無理だっただろ?」 重いビートを刻むBGMに消えないように、小僧の耳に噛み付くように話す。ツーフロアーぶち抜いて作られた場所を区切るように、ファッション・ショーをするようなランウェイがあり、ピンクや赤のライティングが回る中、ど真ん中のステージでは女性同士が全裸で絡んでいた。抑えた照明の暗さにも慣れると、観客の中には触発されたのか抱き合うカップルもいた。目の前で展開される濃密な空気に当てられて眩暈がした。 「ターゲットだぞ」 促されて見遣ると、追っていたボスがステージ間際でソファに深く座り、女性たちを侍らしていた。足の間で動く小さな頭も見える。醜悪なものを見てしまったようで目をそらす。小僧の硬い体が支えてくれなかったらすぐ出て行ったかもしれない。汗ばむ掌に小さなものが落とされる。 「カメラだ」 「どうやって」 「女性の服には色々隠し場所があんだよ」 小僧はオラ、と俺に抱きついて体を反転させる。小僧の背中に腕を回して、カメラを構える。小僧の肩がうまく三脚代わりになってくれて、これだけ距離が離れているというのに鮮明な、そして決定的な写真が撮れた。 「後学の為に他のフロアーも見ていこうぜ」 なんの為だか。カメラを小僧に返して隠してもらう。 エレベーターで二つ上に行くとラウンジのようにソファが広がるフロアーがあり、小さなステージでのSMショーがあり、タトゥーやピアッシングを施すところ、拘束具や淫具を売る場所があり、エレベーターの中ではキスを交し合うレズビアンのカップルがいた。全部を見る前に頭が容量を超えたと思った。 「もう頭いっぱい」 「おまえだったら楽しむと思ったのにな。この上には個室もあんだぜ」 壁際のソファに座り込むと、小僧は仁王立ちで腰に手を当てて笑った。座って気付いたけど、このソファも上質な肌触りで座り心地も素晴らしくいい。もしかしなくてもここの中は相当いい調度品が揃えられているんだろうなぁ。 「なんていうか獄寺と一緒だったら盛り上がったかもしんないけど。てか、たまってるから余計危ないっていうか」 「獄寺なー、おまえらこういうことすんの」 「ノーコメント」 フンと笑って小僧は隣に座って足を組む。胸元から出したシガレットケースから煙草を出しながら、ライターを投げて寄越す。片手でそれを受け取り、片手を添えて火をつけたら少し落ち着いた。 「そういえば、入る時小僧は指、採られなかったよな。やっぱ所有物って言葉が関係あんの?」 「ここではおまえが俺のご主人様で、俺はおまえの所有物ってわけ」 「じゃ、何をしてもいいわけだ」 「できるならな」 身を離して、わざと小僧を上から下まで嘗めるように見る。魅力的なモデル体型に沿うようにピッタリとした漆黒のパンツスーツ。まっすぐな黒髪がエキゾチックな雰囲気を醸し出し、膝下から光るパンプスの先まで見事なラインを描いていた。そして、黒い爪が縁取る小さな顔にはわざとらしく人を見下す傲慢なまなざしがあって――どちらともなく笑った。 「無理無理。こーんな色っぽいかっこしてんのに小僧だとわかってるから無理だ」 「俺はおまえいけるぞ」 「カンベンして」 小僧がゆっくり煙草を吸い終わるまで待っていたら、件のボスが近付いてきたので自然、口を閉じる。通りしな小僧を嘗めるように見ていく。その見方にぞくっとした。人間の根源的な生の感情に当てられた。そう思うほど粘っこいものだった。 小僧と別れてホテルに戻り、忘れないうちにレポートと写真をボンゴレに送った。携帯のメールサインを開くと、獄寺からで、予定通り明後日到着する、ということだった。 ベッドに寝転がり、ネクタイを緩めて思い出したように右手の人差し指に張ったままだった偽の指紋を剥いでゴミ箱に投げた。任務完了。獄寺が来るまでの一日半、することがなくなってついぼんやりしてしまう。シャツに小僧の香水が移っていて、その官能的な香りに忘れていた性欲が戻ってくる。今朝の獄寺や夕べの獄寺がフラッシュバックする。――獄寺、会いたいよ。抱きたいよ。 思い余って獄寺の携帯に電話するも機械的な留守電のメッセージだったので何も残さず切る。しばらく自分を抱きしめていたけれど、どうしようもなくなった。今度はホテルの電話に手を伸ばした。 翌朝というか昼近くに目が覚めた時はもう一人だった。それでもシーツには情事の後がありありと残っていた。煽られたせいか溜まっていたせいか、結構しつこく抱いた記憶がある。 何回いったっけ、と指を折り始めてもどうでもよくなった。ちゃんと支払ったか思い出そうとしたけれど、払わなかったら起こされるよな、と簡単に結論づけて枕を抱き直した。自然と獄寺…と呟いてしまう。女を抱いたって心の空虚さは塞げない。 何の気なしに携帯に手を伸ばすと、獄寺からの着信とメールが届いていた。 『カレーなくなった。夕飯食わせろ』 携帯を頬と肩で挟んで話しているらしく、ガサガサという擦過音と手元で何かを準備しているらしい音がした。 飛び起きて時間を確認する。早ければあと六時間位で獄寺がやってくる。自分でも判りやすいなーと笑いながらとりあえず熱いシャワーを浴びて、今夜からのプランを立てるために、ホテルのコンシェルジェへと向かった。 ベッドメイキングをお願いする札も忘れずに。 |