好奇心



マフラーに顔を埋めるように獄寺はホテルの回転扉をくぐった。細い体を黒のコートとマフラー、サングラスとブーツで覆い、銀色の髪だけが歩くたびに漂っている。いつもは静電気で広がる髪先をめんどくさそうに束ねているけど、今は寒いからだろう、そのまんまにしていた。
俺が獄寺を好きだから、というだけではなく、あいつには華がある。ホテルのロビーにいた客や従業員の目が獄寺に集中する。だけど、自分への視線にはまるで無頓着で獄寺はまっすぐに奥のエレベーターへ進む。ツナへの殺気やらなんやらには敏感過ぎるほどなのに。
入口横のウェイティングバーで待っていた俺は、エレベーターを待つ獄寺へ歩み寄る。
「腹減ってる?」
後ろから話しかけても獄寺は格段驚いた様子はなかった。
「おう」
険しくしかめられていた眉間の皺が緩んで、サングラス越しの目が笑う。それだけで俺は幸せだなーなんて思ってしまう。冷たい革の手袋から獄寺の荷物を受け取りエレベーターに乗り込む。誰もいないから腰を抱いてキスをする。冷たい獄寺の唇や頬を暖めるように何度も唇を重ねる。
「ス・トップ」
もつれこむように部屋になだれこんだらまず俺の顔を獄寺の手袋が止めた。
「昼飯飛ばしてやってきたんだからまず飯」
「何食べたい?俺、獄寺」
「肉食いてー。ここ(ホテル)になんかあんだろ?」
サングラスを取り、手袋を外して行く背中を抱きしめる。獄寺も振り返って抱き返してくる。ひとしきり抱きしめられると、俺の頭をぽんぽんと宥めるように叩いた。
「――肉」
「ハイ」
これ以上引っ張ると獄寺の機嫌が急カーブを描いて下降するのはわかっているのでおとなしく俺は自分のコートを手にした。

外は相当寒いらしく、出るのを嫌がった獄寺だったけど、なんとか宥めてタクシーに乗り込んだ。
『我々のレストランも自信がございますが、質も量も、となりますとやはり街中のビストロがお勧めです。知人の店が近くにありますので、もしよろしければぜひ』
コンシェルジュが言うには徒歩で数分という距離だったので、すぐに着くだろう。雪が降り始めたので少しは寒さも柔らいでいたらしいが、ちょっと不機嫌な獄寺と俺が暖かな灯りを溢すビストロに入ると
「Benbenuto! Buonasera!」
と両手を広げての歓迎を受けた。
デスクで老夫婦の対応をしていたコンシェルジュと目が合っただけなのに、先に連絡を入れてくれたな。後でチップをたくさん渡さなくちゃ。
暖かな店内と歓待と料理の匂いに獄寺の興味は食事へとまっしぐら。コートもマフラーも全て取り上げられ二階へと追い立てられる。暖炉の傍のテーブルに着く時にはすっかり機嫌が良くなっていた。
「――で、小僧が来て」
「ちょっと待て。面倒なことになってないだろうな?リボーンさんは(おまえに)甘いんだから、彼が出てくるってことは」
「えーと、ラスボスが会員制クラブに入ってどうしようもなかったから小僧に入れてもらっただけで、全然面倒は。だって、すぐ仕事終わったし」
女装の小僧を舐めるように見たボスの醜悪な視線を思い出し、それを言うことで獄寺が汚れるような気がして、上辺だけを報告する。身の潔白を証明するように両掌を見せると獄寺はふーん、と全然納得していないような目をした。
――さすがディアボロ。
そっと心の中で囁く。
ツナ以外は年上も年下も関係なく噛み付いていく勢いは出会った頃よりも苛烈さを増したような気がする。そんな獄寺は通称ディアボロ、と口さがない連中から呼ばれている。正しくは、ディアボロ・ブラッチョ・デストロ――悪魔の右腕という意味らしい――。
そこにメインのステーキが登場し、獄寺の興味はそちらへと移動する。まだ泡を立てるほど熱いステーキソースの中でガツンと存在感を誇張するぶ厚い肉。ひとまず口は食べる為に使うことにする。俺だって、獄寺を待つ間メシを取らずに我慢していたんだ。空腹は最高のソース。それ以上に獄寺がいることで、俺は最高なんだけどな。
高卒後、三人仲良くこっちに来たのに(獄寺は通信教育であっという間に大卒の資格も取った)同じような時間を過ごしたのに、まるで一人で生き急いでいるかのようにスピードを上げた生活をしていた。それも剃刀のような鋭い刃を研ぐように。
それとなく周りが諌めても、持って生まれた性格は変わらないというか、(三つ子の魂百まで、と言うが、獄寺曰くアレは嘘らしい。聞いた話によると、獄寺自身は八歳までは蝶よ花よと育てられて、実家を飛び出してから大きく変わって今に至る、ということだった)、多少勢いが緩んでもいつしか加速してしまうらしい。 傍にいる俺達は獄寺のその厳しさは自分にも向かっていることは知っているけれど、外からだと判りにくいよな。それでも二十四時間気を張っているのは人間である限り無理ってもんで、俺はひたすら獄寺を甘やかすことになる。
「予定とかは?」
「獄寺の疲れ次第なので、なんにも」
「そっか、わりーんだけど、予定がなかったら明日は少し寝たい」
「いーんじゃね?この分じゃ雪も降り止まないだろうし」
「グラッツェ」
「プレーゴ」
三本目のワインを獄寺のグラスに注ぎきると、すかさず若いギャルソンがテーブルの横に立った。
「お食事はもうよろしいですか?デザートにされます?チーズにされます?」
獄寺は残りのワインを呑み干し、ナプキンで口を拭っているから食事は終了、ということでチェックを頼む。デザートはホテルで頂くことにしよう。






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